ひとつ気づいたことがあって、わたしの「ライフ」、生活とか人生とかですね、これはDIYだった、ということです。

ライフワークバランスというのは昔も今もいまいちピンときてはないんですが、プライベートと仕事の切れ目とか不要で、仕事と自己実現と生活とを渾然一体とやっていました。それはそれでいいものだったけども、今日のふとしたときに、DIYすることそのものが生活であり人生でありライフなのではと思ったのでした。

いざ文字にするとトートロジーみたくもあるんですが、生活をDIYするとか、人生をDIYするとか、そういうことではなく、それらそのもの自体がDIYという感覚です。できる範囲で、自分の生活を自分でなんとかすること。何もかもをゼロから作る必要はない。手をいれるレイヤーは自分で選ぶ。パンは買えばいいし、コーヒーはインスタントでいい。手を入れたいところ、入れた方が生活が良くなるところにだけ、手を入れる。

たとえば、サーマルプリンターを専用アプリなしで動かす。文字起こしを自作のアプリで回す。会議の1分前に自動で開いて入れる仕掛けを作る。ごはんを自分で作る。こういう織り成しが生活であり、自分の手で回している感覚が強いのです。

思えば、90年代後半〜ゼロ年代前半にかけての高校や大学の頃に”フリーソフト”を作っていた感覚に近く、雑誌のCD-ROMに収録されて、見本誌が届く。あの頃の「自分のために作って、ついでに誰かの役にも立つ」という距離感に、戻ってきたのかもしれません。

もちろん、仕事は仕事で、フルコミットして課題を定義し解決解消していく。それはやっていきます。それとともに、そうのめり込んでいくとのめり込んだところに自分が持っていかれることがあり、自分の置き場所はDIYなライフのところに常においておきたい。仕事人格としてやっていきたい。そういう気持ちです。

ということで、生活をやっていきます。DIY。